アナモフィックレンズ徹底探求⑤ 「映画のような質感(シネマティック・ルック)」の魔法の源を解き明かす

投稿者 :柳原秀年 on

こんにちは、HORIZONの中でも、撮影機材大好きなチョウです。今回は「機材オタク」の視点から、アナモフィックレンズの魅力について深く掘り下げます。

第五章:光学の心臓部へ――アナモフィックレンズの内部構造とフォーカス原理を解き明かす

これまでアナモフィックレンズの美的魅力をお伝えしてきましたが、これらの独特な効果の背後には、光学技術者たちが数々の技術的挑戦を乗り越えるために設計した精巧な機械構造があります。特に「フォーカシング」という一見単純な動作は、アナモフィックレンズにおいては複雑な駆け引きの連続です。これから、レンズの内部に深く踏み込み、主流ないくつかのフォーカス設計とその進化の道のりを探っていきましょう。

 

・フォーカスの根本的な難題:ダブルフォーカス

アナモフィックレンズは、本質的に「球面レンズ群+アナモフィックレンズ群」の組み合わせです。シャープで非点収差のない映像を得るためには、これら2つのレンズ群のピントが同時に被写体に合わなければなりません。最も原始的な解決策は、それぞれのレンズ群のフォーカスリングを個別に調整する「ダブルフォーカス」ですが、この方法は操作が極めて煩雑で、実用性に乏しいため、より洗練された設計が求められるようになりました。

 

・機械的連動の初期段階:メカニカルシンクロと「ムンプス」の誕生

複雑な内部機構によって、球面レンズ群とアナモフィックレンズ群のフォーカス動作を一つのリングに連動させる方式です。一つのリングを回すと、二つのシステムが同調して動きます。しかしこの設計には、近距離にピントを合わせるとアナモフィック群の圧縮比が弱まる(例:2倍から1.7倍に低下する)という致命的な欠陥がありました。ポストプロダクションでは固定の2倍比で伸長するため、近接撮影された被写体(特に顔)が横に伸びて見え、「ムンプス(おたふく風邪)」現象を引き起こしました。これが、後にパナビジョンが躍進するきっかけとなったのです。

 

・パナビジョンの革命的革新:ゴッシャルク・メソッド

この方式では、主要なアナモフィック群を固定し、球面レンズ群とその間に、逆方向に回転する低倍率のシリンドリカルレンズ群(逆回転式非点収差補正群)を配置します。フォーカスリングを回すと、球面レンズ群が前後に動き、同時にこの小さなレンズ群が逆回転することでピントの変化を正確に補正し、全ての焦点距離で一定の圧縮比を維持します。これにより「ムンプス」問題が完全に解決され、近接撮影が可能になりました。この特許技術は、パナビジョンが数十年にわたり業界を支配する礎を築きました。

 

・現代レンズの主流設計:可変ディオプター(フロントフォーカス)

現代的な解決策です。レンズの球面群とアナモフィック群は無限遠に固定され、動きません。ピント合わせはレンズの最前面に配置された球面レンズ群(可変ディオプター)によって行われます。このレンズ群の間隔を変化させることで、光学系全体の焦点が変わります。この方式のレンズは、前玉が平坦であることが特徴です。ただし、ケラレを避けるために前玉を大きくする必要があり、結果としてレンズ全体のサイズと重量が増加する傾向があります。

代表的なレンズ:Vantage Hawks, Atlas Orion, Cooke Anamorphicなど。

 

・アナモフィック群の位置と描写への影響

アナモフィック群がレンズ内のどこに配置されるかによって、レンズの「性格」が大きく決まります。

·フロントアナモフィック:最も古典的な設計で、アナモフィック群が球面群の前に配置されます。これにより入射瞳の形が影響を受け、楕円ボケや水平フレアといった全てのアナモフィック特有の描写が生まれます。

·リアアナモフィック:アナモフィック群が球面群の後ろに配置されます。光が先に球面部分を通過するため入射瞳は円形となり、特徴的な楕円ボケは生じません。描写はより一般的なワイドスクリーン映像に近くなります。(例:Angenieux Optimo アナモフィックズームレンズ)

·インターナルアナモフィック:アナモフィック群が球面レンズ群の間に挟まれる形で配置されます。この設計は収差を大幅に「抑制」し、楕円ボケを維持しつつも、よりクリアでフレアの少ない、全体的に「クリーン」な描写になります。(例:Arri Master Anamorphicレンズ)

 

 次回、DZOFILMが誇るアナモフィックレンズ「PAVO」について、私の私見も交え、その魅力をお伝えします!


この投稿をシェアする



← 投稿順 新着順 →

x