アナモフィックレンズ徹底探求② 「映画のような質感(シネマティック・ルック)」の魔法の源を解き明かす
投稿者 :柳原秀年 on
こんにちは、HORIZONの中でも特に「機材オタク」のチョウです。今回も、アナモフィックレンズの世界について、深く掘り下げてみたいと思います。
第二章:歴史の系譜――視野とコストを巡る闘い
①より広大な視野への渇望
サイレント映画の時代から、35mmフィルムは業界標準であり、その4:3というアスペクト比は数十年にわたり映像表現を支配してきました。しかし、人間の視覚は本来、水平方向に広い視野を持つようにできており、観客により没入感のあるワイドスクリーン体験を提供することは、映画技術が絶えず追い求めてきた目標でした。
1930年、20世紀フォックス社は革命的なトーキーのワイドスクリーン映画『ビッグ・トレイル』を発表します。この作品では大胆にも70mmフィルムが採用され、画面の高さを維持したまま幅をほぼ2倍に広げることで、当時としては空前の視覚的インパクトをもたらしました。
しかし、このフォーマットは時運に恵まれず普及には至りませんでした。直後に訪れた世界大恐慌により、高価な70mmフィルムと機材は大きな経済的負担となり、映画業界はほどなくしてより経済的な35mmフィルムへと回帰します。さらにトーキー映画の登場により、フィルムの一部にサウンドトラックを記録する必要が生まれたため、画像領域はさらに小さく、より正方形に近い比率になってしまうのです。
② シネマスコープの革命:効果とコストの完璧な両立
それから数十年後、カラーテレビの台頭と普及が、まるで猛獣のように従来の映画館の市場を侵食し始めました。観客を再び映画館に呼び戻すため、画面フォーマットの革新が再び映画業界の切り札となります。そんな中の1953年、20世紀フォックス社は映画『聖衣』を公開し、「シネマスコープ」と名付けられた画期的な新技術を世界に示しました。
この技術の発明者はフランスのアンリ・クレティアン(なんと天文学者!)であり、フォックス社はその特許を慧眼にも買い取ったのです。
このシネマスコープの偉大さは、視覚効果と製作コストという二律背反の課題を、極めて賢い方法で解決した点にあります。
l 卓越した効果:2.66:1という超ワイドな映像を、2倍の水平圧縮によって業界標準の35mmフィルムに完全記録し、真の「ワイドスクリーン」を実現。
l 経済的なコスト:映画館は既存の35mm映写機を廃棄する必要がなく、単にアナモフィック原理を採用した映写レンズに交換するだけで、圧縮された映像を完璧に復元できたのです。
この低コストかつ高効率な方式は市場に瞬く間に受け入れられました。『聖衣』は1953年の全米興行成績で1位を記録する大ヒットとなり、同年のアカデミー賞でも美術賞、衣装デザイン賞の2部門を受賞するなど、高い評価を得ました。シネマスコープ技術の功績は計り知れず、アナモフィックレンズが主導するワイドスクリーン映画の時代が、ここから華々しく幕を開けたのです。
③パナビジョン(Panavision)による最適化と市場支配
シネマスコープの成功後、様々なワイドスクリーンフォーマットが雨後の筍のように登場しました。アナモフィック技術を真に成熟させ、その後数十年にわたり市場を支配したのは、パナビジョン社でした。
初期のシネマスコープレンズ(ボシュロム社製)には、有名な光学的欠点がありました――「ムンプス(おたふく風邪)現象」です。これは、レンズが近距離の被写体(例えば俳優の顔のクローズアップ)にピントを合わせると、水平方向の圧縮率が変化し(弱まり)、デスクイーズ後の映像で俳優の顔が不自然に横に伸びて見えてしまう現象で、まるでおたふく風邪にかかったように見えることからその名が付きました。
パナビジョンの創業者ロバート・ゴットシャルクは、一連の技術革新、特に彼の名を冠した有名なゴットシャルク・メソッド(二重回転式アナモフィック群)によって、この問題を完璧に解決しました。この設計は、主レンズ群に逆方向に回転する一対のシリンドリカルレンズを追加することで、フォーカシング時に生じる圧縮率の変化を補正し、全ての焦点距離で一定の圧縮率を保つことを可能にしたのです。
この技術的ブレークスルーにより、パナビジョンレンズはハリウッドの主要スタジオの第一選択肢となりました。たとえ多くの映画のオープニングクレジットに「CinemaScope」と表示されていても、その裏で実際に使われていたのは、性能で勝るパナビジョンレンズだったのです。
次回は、いよいよ、アナモフィックレンズの真の特徴に迫ります!