アナモフィックレンズ徹底探求① 「映画のような質感(シネマティック・ルック)」の魔法の源を解き明かす
投稿者 :柳原秀年 on
こんにちは、HORIZONの中でも特に撮影機材をこよなく愛するチョウです。
映画に没頭している時、私たちはよく言葉では言い表せない「映画のような質感(シネマティック・ルック)」に心を奪われます。この感覚は、単にストーリーや俳優の演技から来るものではなく、映像そのものに深く根ざした独特の美学から生まれるものだと思うのです。
『ブレードランナー』(1982)の湿っぽく、ぼやけたサイバーパンクの雨の夜から、『ラ・ラ・ランド』(2016)のロマンチックで夢幻的なカリフォルニアの星空まで、この視覚的な魔法の背後には、多くの場合、共通の秘密兵器が隠されています。
それが…アナモフィックレンズ!
プロの撮影監督や機材愛好家にとって、アナモフィックレンズは単なるツールではなく、それ自体がユニークな視覚言語です。だからこそ私は、その誕生の歴史、核心的な光学原理、そして簡単には複製できない美的特徴に至るまで、この魅力的な光学の世界を深く探求してみたい。
今回は「機材オタク」の視点から、アナモフィックレンズの魅力について深く掘り下げてみたいと思います。
第一章:アナモフィックレンズとは?――球面レンズの世界を超える法則
① 中核概念:光と影の「圧縮」と「伸長」
最初に、アナモフィックレンズの構造についてお話しします。ちょっと小難しいかもしれませんが、ここを説明せずして、真の魅力の話にたどりつけません。お付き合いください。
根本的に、アナモフィック技術は2段階のプロセスで、より広い視野を、標準サイズとして記録媒体に「押し込む」ことを目的としています。
l 撮影時(圧縮 / スクイーズ):撮影時、アナモフィックレンズは内部の特殊な光学素子を使い、広い画面を水平方向のみ光学的に「圧縮」します(例:2倍の圧縮率)。垂直方向はそのまま維持されるため、ワイドスクリーンの映像を、比較的狭いフィルムやデジタルセンサーの感光領域に完全に記録することができます。
l 上映・ポストプロダクション時(伸長 / デスクイーズ):映画館での上映やポストプロダクションでは、同様の原理を持つプロジェクターレンズやデジタル処理によって、「圧縮された」映像を水平方向に同等の比率で「伸長」して元に戻します。これにより、本来のワイドスクリーン比率の映像が再現されるのです。
② 光学の心臓部:シリンドリカルレンズ vs. 球面レンズ
アナモフィックレンズが他のレンズと一線を画す点は、その前面を覗き込んだ瞬間に明らかになります。従来の球面レンズ(スフェリカルレンズ)の入射瞳が円形であるのに対し、アナモフィックレンズの入射瞳は特徴的な縦長の楕円形をしています。
この楕円形は、特殊な形状の絞り羽根によって作られているわけではありません。それは、レンズ内部の核心的な部品――シリンドリカルレンズ(円筒レンズ)にあります。
全てのレンズが完全な球面で構成されている球面レンズとは異なり、アナモフィックレンズの光学系には、一つまたは複数のシリンドリカルレンズ群が含まれています。これらのレンズは、まるで水平方向にのみ作用するかまぼこ状の虫眼鏡のように、水平方向の光線だけを屈折させて圧縮し、垂直方向の光線には影響を与えません。この二つの軸における全く異なる光学処理こそが、アナモフィックレンズが持つ、ユニークで魅力的な全ての視覚的特徴を生み出しているのです。
次回は、ちょっと歴史を遡り、アナモフィックレンズが映画界で、いかにスタンダートとなってきたのかをお伝えします。