アナモフィックレンズ徹底探求③ 「映画のような質感(シネマティック・ルック)」の魔法の源を解き明かす

投稿者 :柳原秀年 on

こんにちは!HORIZONの中でも、撮影機材大好きなチョウです。今回は「機材オタク」の視点から、アナモフィックレンズの魅力について深く掘り下げてみたいと思います。

 

特徴的な楕円形のボケ(Oval Bokeh

これはアナモフィックレンズの最も顕著で、見分けやすい特徴です。レンズが水平方向と垂直方向で異なる有効焦点距離を持つため、背景のボケは円形ではなく、縦に引き伸ばされた優美な楕円形になります。この独特の形状は、映像に非現実的で夢のような感覚を与え、特有の空間的な分離感を生み出します。記憶や夢、ロマンチックなシーンを表現する際に、この効果は特に際立ちます。

 

この夢幻的な楕円ボケの成因は非常に興味深く、絞り羽根の形状とは無関係です。その秘密は「圧縮率の二乗」という魔法にあります。

3.1.1ボケの大きさと焦点距離の関係:光学的に、ボケの実際の大きさは焦点距離の二乗に比例します。つまり、80mmレンズのボケは40mmレンズの4倍の大きさになります。

3.1.2アナモフィックレンズの二重圧縮:2倍のアナモフィックレンズは撮影時に、映像全体を水平方向に1/2に圧縮しますが、ボケはそれ以上に、つまり圧縮率の二乗である1/4にまで強く圧縮します。

3.1.3 デスクイーズ後の非対称性:ポストプロダクションで映像を水平方向に2倍に引き伸ばして元に戻す際、1/4に圧縮されていたボケも2倍に引き伸ばされるため、最終的にその幅は高さの半分 (1/4 × 2 = 1/2) にしかなりません。

その結果、完璧な楕円形が生まれるのです。これが、圧縮率が低いレンズ(1.5倍や1.33倍など)ほど楕円形が目立たなくなる理由でもあります。

 

* 象徴的な水平フレア(Iconic Horizontal Flares

車のヘッドライトや懐中電灯のような強い光源が直接レンズに入ると、アナモフィックレンズは画面を横切る、象徴的な青や多色の線状のフレアを発生させます。この光線の正体は、レンズのシリンドリカル素子によって極端に引き伸ばされた楕円形の光なのです。これはすでにポップカルチャーにおいて「SF感」や「映画らしさ」の視覚的シンボルとなっており、J.J.エイブラムスのような監督によって、緊張感やダイナミックさ、ドラマチックな雰囲気を演出するために広く用いられています。

 

* 独特の歪曲とブリージング(Unique Distortion & Breathing

·歪曲(ディストーション):広角のアナモフィックレンズは、顕著な樽型歪曲を伴います。これにより、地平線や建物の輪郭といった画面内の水平線が外側に湾曲して見えます。この歪曲は必ずしも欠点ではなく、観客の視線を巧みに画面中央へと導き、「集中」させる視覚効果を生み出すことがあります。

·ブリージング:遠景から近景へ、あるいはその逆にピントを移動させると、アナモフィックレンズは奇妙な非対称の「ブリージング(画角変動)」を起こします。背景がまるで水平と垂直で異なる速度で伸縮しているかのように見え、繊細かつドラマチックな動的変化を生み出します。かつては欠点と見なされたこの特性も、今ではユニークな視覚言語として認識されています。

 

* 独特のパースペクティブと奥行き感(Unique Perspective & Depth Perception

アナモフィックレンズが幾何学的なパースペクティブを変える、というのはよくある誤解です。実際には、幾何学的なパースペクティブはカメラと被写体の距離のみによって決まり、レンズの焦点距離とは無関係です。しかし、アナモフィックレンズは確かに独特の「知覚的パースペクティブ」を創出します。それは、長焦点レンズの浅い被写界深度(垂直軸)と、広角レンズの広い視野(水平軸)を一つの映像の中に共存させるからです。この矛盾した組み合わせに、奥行きを知覚するための新たな手がかりとして楕円形のボケが加わることで、観客は言葉では言い表せない、開放的でありながら圧縮感のある立体的な空間を体験し、映像の次元性が強調されるのです。

 

* 心地よい柔らかさ(Pleasing Softness

複雑な光学構造と固有のわずかな非点収差(Astigmatism)により、アナモフィックレンズの描写は、現代の高解像度な球面レンズよりも柔らかく、より「絵画的」な質感を持つことが一般的です。この柔らかさは単なるボケではなく、滑らかな階調と有機的なテクスチャーであり、特に人物の肌を表現する際には、自然な美化効果をもたらします。

 

* 被写界深度と画角の再考――撮影時によくある2つの落とし穴

「映画のような質感」を追い求める上で、注意すべき2つの一般的な誤解があります。

·落とし穴①:アナモフィックレンズは必ずより浅い被写界深度を得られるのか?

理論上、その長焦点特性から、同じ絞り値と構図であればアナモフィックレンズの方が被写界深度は浅くなります。しかし、実際はそうとは限りません。

アナモフィックレンズは光学構造が複雑なため、通常、T値は同クラスの球面レンズよりも暗くなります。また、画面中心から周辺部まで十分なシャープネスを確保するため、絞りを絞って撮影することが多くなります。これに対し、より明るい(例えばT1.4)現代的な球面レンズを使えば、より浅い被写界深度を簡単に得られ、暗所での撮影にも有利です。アナモフィックレンズの利点は、球面レンズでは再現不可能な「楕円形の錯乱円」にあり、単純な被写界深度の浅さだけではないのです。

·落とし穴②:2倍のアナモフィックレンズは2倍の画角を得られるのか?

答えは「状況によるが、通常は得られない」です。

この誤解は、センサーの使用面積を見落としていることから生じます。現代のデジタルシネマカメラのセンサーのほとんどはワイドスクリーン(16:9など)ですが、アナモフィックレンズは元々、正方形に近い4:3のフィルムでの使用を前提に設計されています。そのため、16:9センサーでアナモフィックレンズを使用する場合、センサーの中央部分を4:3に近い比率で切り出して使う必要があります。

これは、センサーの横幅を犠牲にすることを意味します。もし40mmの球面レンズを16:9センサー全体で使った場合、得られる水平画角は、クロップしたセンサーで80mm2倍アナモフィックレンズ(画角は40mm相当)を使った場合よりも、ずっと広くなる可能性が高いのです。

 

いかがでしたか?アナモフィックレンズが、ほかのレンズと違う点が多々あると感じていただければ嬉しいです。でも、まだまだ特筆すべき点は色々あるんです。次回はデジタル時代におけるアナモフィックレンズの存在についてお話しします。


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